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名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)168号 判決 1969年7月18日

控訴人・附帯被控訴人 伊藤進

訴訟代理人 高橋淳

被控訴人・附帯控訴人 新雪冷菓販売株式会社 他一名

訴訟代理人 高木修

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴に基づき原判決中附帯控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

控訴人(附帯被控訴人)の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)代理人は、「原判決を次のとおり変更する。被控訴人らは控訴人に対し、各自金一三八万三九八八円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、附帯控訴事件につき附帯控訴棄却の判決を求めた。被控訴人ら(附帯控訴人ら、以下単に被控訴人らという)代理人は、本件控訴事件につき控訴棄却の判決を求め、附帯控訴事件につき原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、控訴人は訴外小島輝一運転のトラツクに同乗させてもらい、本件事故現場附近で降ろしてもらつたのであるが、原判決認定のように右トラツク発進と同時にその後方から道路西側に向けて小走りに横断せんとして加害車に衝突せしめられたものではない。右小島輝一は本件事故の発生を全く知らなかつたものである。しかも、幅員七・七米の狭い道路で、加害車の約一一米前方の道路を右から左に小走りで横断する者を発見した場合に、避譲措置として被控訴人浅埜が加害車のハンドルを右に切るようなことは経験則に反する。

二、控訴人が前記トラツクの後方から小走りに飛び出したか否かに拘らず、加害車に気付かず加害車と衝突してしまつた控訴人の過失は免れないかも知れないが、控訴人が右トラツクの後方から小走りで飛び出したか否かは、被控訴人浅埜の過失と控訴人のそれと軽重を比較する場合に重要な問題である。原判決の認定したとおりならば、被控訴人浅埜の過失も控訴人のそれと比較すれば軽微なものかも知れないが、控訴人主張のとおりであれば、被控訴人浅埜としては、前方に対する注視さえ怠らなければ、相当前方から控訴人の動静を知り得てそれに対応する措置を執り得たもので、本件のごとき事故を発生せしめなかつた筈であるのに、この重大な注意義務を欠いたばかりに本件事故を惹起したことになり、重大な過失があつたものというべきである。

三、附帯控訴の理由につき従前の主張に反する部分は否認する。

(被控訴代理人の陳述-附帯控訴の理由)

一、本件事故は、全面的に控訴人の重大かつ無謀な自殺的行為に起因するもので、被控訴人浅埜には何ら過失がない。

控訴人は、本件事故当時、道路を東から西へ向け横断しようとし、自己が降りた大型トラツクが南進すると同時に、すなわち前記トラツクと被控訴人浅埜の運転する車が南北に離合する際、トラツクの陰から飛出し、しかも加害車を認めながら、その前方を走り抜けられるものと判断して飛び出したため、被控訴人浅埜が急拠ハンドルを右へ切り、急ブレーキを踏んで衝突を回避しようとしたが、加害車に衝突したものである。

二、これにつき、原判決は、自動車運転者たる者は、その進路前方右側に停止中の大型車輛を認めたときは、右車輛後方から横断歩行者が出てくる危険性のあることを充分予測すべきであり、したがつて警笛を吹鳴して警告を与えると共に、減速徐行して進行すべき注意義務があつたと判定している。

しかしながら、事故当時、大型トラツクが停止していた道路の東側は歩道がなく、側溝と草むらがあり、その東方は田に続いていた。このような地点で通常歩行者が横断することはあり得ず、ただ停止車輛より降りた者がその車輛の後方より道路を横断することはあり得るも、本件においては貨物トラツクであつて、バスではない。従つて通常このような停止車輛より人が降りて道路の横断を開始することは道路の状況からいつて皆無に等しい。この点に関する原判決の判断は常識に反し、運転者に過大な義務を要求するものであり、仮りに運転者が右義務を忠実に履行するならば、停車中であると否とを問わず、対向車と行きあうとき、警笛を吹鳴し、減速徐行しなければならなくなつて、交通を渋滞させることになる。被控訴人浅埜には右のような注意義務はない。

又仮りに同被告につき何らかの過失があるとしても、控訴人の前記重大な過失を考慮し、過失相殺により被控訴人らの支払義務を原判決の認定額以下に減額されるべきである。

(証拠関係)<省略>

理由

一、昭和三九年二月三日午前八時一〇分ころ、瀬戸市大字山口字大坪二二八番地先道路上において、被控訴人浅埜運転にかかる北進中の普通貨物自動車(被控訴会社所有愛四-八九五一号、以下加害車という)が横断歩行中の控訴人に衝突したことは、当事者間に争がない。

しかして、成立に争のない甲第三号証、第六号証の一ないし三、第九号証、第一五号証、当審証人古瀬和寛の証言、原審および当審における控訴本人尋問の結果を総合すると、控訴人は本件事故により、左橈骨左坐骨々折、頭部顔面裂創、左手指腰部頭部挫創、頭部前胸部左大腿骨挫傷の傷害を負い、昭和三九年二月三日から同年三月一九日まで瀬戸市所在の平松病院に入院治療を受け、退院後も頭痛、軽度の言語障害、癲癇発作等を伴う頭部外傷後遺症および右坐骨神経痛の症状が残り、そのため、国立名古屋病院、浅井病院、名古屋大学附属病院、加藤整形外科病院に各通院治療を受けたが、なお現在、頭痛、腰痛等の症状があるが、脳波検査の結果は異常がないことが認められる。

二、そこで本件事故発生の原因について、控訴人は、被控訴人浅埜が加害車を被控訴会社の業務のため運転中、前方注視並びに徐行義務を怠つた過失により発生したものである旨主張するのに対し、被控訴人らは、本件事故は全面的に控訴人の重大かつ無謀な一方的過失に起因するもので、被控訴人浅埜には何らの過失がなく、かつ、加害車には構造上、整備上の欠陥は全くなかつたものであるから責任がない旨抗争するので、以下この点につき検討する。

成立に争のない甲第一、二号証、第四号証、乙第二ないし第四号証、第六号証、当審証人小島輝一、同太田忠男の各証言、原審および当審における控訴本人尋問の結果の一部、原審における被控訴本人浅埜稔尋問の結果、当審における検証の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、瀬戸市から豊田市方面に至る南方に通じる直線かつ平坦な幅員七・七米の舗装された二級国道二四八号線上で、事故当時、自動車等の交通量が比較的多い個所である。事故現場の西側附近には国鉄、名鉄バス南山口停留所(この停留所は路辺に鉄製の標識柱が立つているのみ)があるほか、控訴人居住の山田登美雄方家屋等の人家が点在するが、東側は側溝を隔てて一面田圃になつており、南方は約一〇〇米東側にブロツク塀があり、その先は道路が東方へ曲折して見通しがきかない。現場附近の道路上には横断歩道はもとより、速度制限、徐行標識もなく、また事故当時右停留所附近には乗客その他通行人も居なかつた。

(二)  被控訴人浅埜は、本件事故当時、加害車を時速約四〇粁ないし四五粁で運転して北進し、本件事故現場附近にさしかかつた際、進路前方約一〇〇米の地点、右(東)側道路端に、南方を向け停車中の訴外小島輝一運転の大型貨物自動車(ダンプカー)を認めたが、そのまま同一速度で前方を注視し乍ら右車の側方を通過しようとした。その時、発進して間もない右ダンプカーの後陰から突然控訴人が加害車の前方約一〇・八米の右道路中央附近に現われ、左(西)側に向け小走りで横断を始めたのを発見したので、急拠ハンドルを右に採るとともに急制動の措置を講じ、控訴人との衝突を避けようとしたが間に合わず、加害車左前部フエンダーを控訴人に衝突させて約九米左前方へ跳ね飛ばし、そのままスリツプして衝突地点から右斜前方約五米のセンターライン上に停止した。

(三)  被控訴会社は代表者伊藤錦男の経営するいわゆる個人会社であり、平素加害車を錦男の両親である訴外伊藤高助、同かき方に預けていた。右かきは被控訴人浅埜の叔母(従つて伊藤錦男と被控訴人浅埜とは従兄弟の関係)にあたるので、被控訴人浅埜は屡々右かきから加害車を借受け使用していたこと、本件事故前夜も右かき方に一泊し、充分休養をとり翌日同被控訴人は右かきから加害車を無償で借受け帰宅のためこれを運転中、本件事故を惹起したものであるが、同被控訴人は当時何ら身体上の異常はなかつたし、加害車に構造上、整備上の欠陥もなかつた。

(四)  一方、控訴人(事故当時三三才)は、大型トラツクを運転して窯業原料の運搬業等を営んでいたものであるが、本件事故前に、自動車運転中車両事故を起し車が破損したため、友人である前記小島の運転するダンプカー(空車)助手席に同乗して控訴人宅まで送つて貰い前記道路東端に停車した後左側ドアーから下車して小島としばらく立話をした。そこで右ダンプカーが発進して間もなく、前記道路を東側から西側に向け、急いで控訴人の家へ帰宅せんとして、左右の交通安全を充分に確認することなく、かつ北進してくる被控訴人浅埜運転にかかる加害車の接近にも全く気付かず、右ダンプカーの後方から不用意に道路中央に進出して、時速約四〇粁ないし四五粁で北進してくる加害車の前方約一〇・八米の附近を小走りで横断しかけたところ、加害車左前部に衝突したものである。

(五)  もつとも、控訴本人は原審および当審において、「控訴人が下車した前記ダンプカーが三〇米ないし四〇米南進した後、左右の交通安全を確認してから横断を開始したところ、加害車に激突され約一七米跳ね飛ばされた」旨供述しているが、そうであれば控訴人は北進してくる加害車を事前に発見し得たはずであり、また僅か七・七米の狭い道路であるから容易に安全に横断できたものと考えられるから、右供述部分および前掲甲第二号証、乙第二、第三、第四号証中、右(二)(四)認定の事実に反する部分は、前掲各証拠および控訴人の受けた傷害の程度に照らしていずれもにわかに措信できないし、当審証人伊藤清次、同山田貞子、同山田登美雄の各証言も未だもつて右認定を覆えすに足りない。また当審証人小島輝一の証言によると、右ダンプカーの運転者小島は、自車のバツクミラーで下車した控訴人が後方へ過ぎ去るのを確認しただけで、発進後間もなく発生した本件事故はもとより、加害車とすれ違つたことさえ気付かず、そのまま南進し去つたことが認められる。右認定事実からすると、小島はダンプカー発進の際のエンジンの音に消されて右衝突音も、加害車のブレーキの音も聞かなかつたものと推認できるから、右小島証人の証言も前記認定の事実を左右するに足りない。

三、そこで責任の有無について考えるに、およそ自動車運転者は法定の速度を遵守するとともに前方を注視し、進行中対向車の陰から歩行者が進出してくる等、予め危険が予想される具体的事情がある場合(例えば停車中の乗合バス等の側方を通過するような場合)には、事前に警音器を吹鳴し、減速又は徐行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があることは当然である。

しかし、前記認定の各事実によると、本件において、(1) 被控訴人浅埜は直線かつ平担な幅員七・七米の国道上を制限速度内である時速約四〇粁ないし四五粁で北進中、前方約一〇〇米道路右(東)端に南方を向け停車中のダンプカーを認めたが、異常を認めなかつたのでその側方を通過するためそのまま前方を注視し乍ら同一速度で進行したものであつて、控訴人が路上に佇立している姿は右車の後陰になつて発見できなかつたから、もとよりその動静を知り得べき状況にはなかつたこと、(2) 右ダンプカーが停車していた個所の東側は一面の田圃であつて人が東側から西側へ道路を横切つて行く状況でなく、また道路の西側は人家が点在するに過ぎずして附近には人影もなく、そのうえ、停車している車は乗用車若しくは乗合バスなど人の乗り降りを普通とする自動車ではなくてダンプカーであり、そのダンプカーも停車場所で作業していたものでもないから、かかるダンプカーから同乗者が下車して道路を横断するようなことは予見し得べき客観的状況になかつたこと、(3) 従つて被控訴人浅埜としては、右のように交通の比較的頻繁な主要幹線道路上で、進行してくる対向車ダンプカーと離合するに際し、右車の直後から自車の進路前方約一〇・八米の道路中央附近に突然人が進出して横断するような異例な事態は、通常予見し得ないものといわねばならない。

しかして、道交法一三条一項本文には「歩行者は、車両等の直前又は直後で道路を横断してはならない。」旨明定されているのであるから、控訴人にしてみれば、道路を横断するに際しては、下車したダンプカーが過ぎ去り、反対側から来る車両等の有無を確認するにつき見通しが充分可能となつた後左右の交通安全をよく確かめてから横断を開始すべき注意義務があるものというべきところ、これを怠り、左右の安全を充分に確認することなく、かつ北進してくる加害車の接近にも気付かず、ダンプカーの陰から進出して加害車の直前で横断を開始したため、加害車に衝突した点において重大な過失があるものといわねばならない(加害車は時速約四〇粁ないし四五粁、すなわち秒速にすると約一二米で進行しているのであるから、加害車の前方約一〇・八米の横断個所であれば、前記道路状況からして同条所定の直前横断といつてよい)。

そうであれば、現在のように自動車が高速度交通機関として発達しその効用を発揮しているとき、本件において自動車運転者である被控訴人浅埜に対し、走行中前記認定のような四囲の状況のもとに、進行するダンプカーと離合するに際し、その車の後方から突然人が自車の前方に進出してくるような異常な事態を予測して、その都度、事前に警音器を吹鳴し、減速又は徐行して安全を確認し事故を未然に防止すべき注意義務を課することになれば、却つて交通は渋滞し、自動車本来の機能を没却する結果を招来することになり、もはや自動車運転者に要求される通常の注意義務の程度を著しく超える過酷な要求といわねばならない(前記のごとく具体的な危険が予知されない場合には、警音器の使用に関する道交法五四条二項但書所定の「危険を防止するためやむを得ないとき」にも該当しないものと解する)。

しかも前認定のとおり、被控訴人浅埜は進行中、自車の直前一〇・八米の地点で、右ダンプカーの後方から控訴人が道路中央部に進出し、向つて右側から左側へ横断してくるのを始めて発見したので、突嗟にハンドルを右に切り急制動の措置を講じたが衝突を避け得られなかつたものであり、同被控訴人において控訴人を発見するのが遅れたと認めるべき証拠もない以上、右のような被害者との接近距離、発見地点等から考えれば、自動車運転者として同被控訴人のとつた避譲措置は適切であつて何ら過誤はないものというべきである。控訴人は、このような場合経験則上、運転者としてはハンドルを左に切るべきである旨主張するが、もしそうであれば、左側へ横断してくる控訴人の進路を妨げ、まともに被害者に車を衝突させる結果となり、有効適切な避譲手段とはなり得ない。従つて右主張は採用の限りでない。

してみると寧ろ、本件事故は、被害者である控訴人自身が前記法令に従い歩行者としての注意義務を遵守して道路を横断すれば、容易に事故の発生を避け得たであろうことは明らかである(控訴人自身、前認定のように自動車運転手を業としているものであるから、かかる交通の危険については充分に認識し得べきはずである)。

これを要するに、本件事故については被控訴人浅埜には何らの過失がなく、専ら控訴人の右重大な過失によつて生じたものといわねばならない。また加害車の保有者である被控訴会社にも運行上の過失がなく、加害車には何ら構造上の欠陥および機能の障害も認められないから本件事故による損害賠償責任はないものというべきである(なお、附言するに、前掲証拠によれば、被控訴人浅埜は、事故当時自動車運転免許証を携帯していなかつたことが明らかであるが、右事実は道交法九五条違反として刑事上処罰の対象にはなつても、本件事故の発生については何らの因果関係がなく、民事上の責任を左右するものではない)。従つて、この点に関する被控訴会社主張の抗弁は理由がある。

四、以上の次第で、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、原判決中、被控訴人らに対し金員の支払を命じた部分は失当であるから、被控訴人らの附帯控訴に基づきこれを取り消し、右取り消した部分の控訴人の請求を棄却し、控訴人の本件控訴は理由がないこと明らかであるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 井口源一郎 裁判官 土田勇)

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